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反骨の“ボンバーヘッド”横浜M・中沢が引退…川口ら日本代表戦士がまた一人

反骨の“ボンバーヘッド”横浜M・中沢が引退…川口ら日本代表戦士がまた一人

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2010年W杯南アフリカ大会の決勝トーナメント1回戦で、パラグアイ選手と激しく競り合う中沢(左)。闘莉王(右)らと奮闘した

2010年W杯南アフリカ大会の決勝トーナメント1回戦で、パラグアイ選手と激しく競り合う中沢(左)。闘莉王(右)らと奮闘した【拡大】

 サッカーのJ1横浜Mの元日本代表DF中沢佑二(40)が、現役引退を決断したことが7日、関係者への取材で分かった。近日中に発表される。昨年8月に左膝痛などの影響で、いずれもGK以外では歴代最多だったリーグ戦連続出場記録が199試合、連続フル出場が178試合でストップ。その後の治療で、思うように回復しなかった。波乱に満ちた20年の現役生活にピリオドを打った。

 「ボンバーヘッド」の愛称で親しまれた中沢が、40歳でピッチを去る。契約延長を求めた横浜Mに対し、引退の意思を伝えた。

 「ジャンプもできない。納得できる状態でなければ戦えない」

 酷使した膝の痛みが悪化し、昨年9月に手術。練習復帰後も回復は思わしくなかった。常に全力で取り組むことを信条とする男が、所属チームから届いた契約延長のオファーを断り、潔く決断した。

 現役生活20年。反骨心と187センチの長身を生かした空中戦の強さで、日本サッカー史に残るセンターバックにのし上がった。だが、決して順風満帆なサッカー人生ではなかった。

 埼玉・三郷工技術高時代、プロになる目標が周囲に笑われるような無名選手だった。卒業後に留学したブラジルでは用具がなくなり、練習中はパスが回ってこなかった。契約がかなわず帰国すると、母校で練習した。苦難と挫折を味わいながら夢にしがみついた。年齢を偽り、後輩と出たV川崎との練習試合で得点。練習生からプロ契約にこぎ着けた。

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  • 中沢佑二・年度別リーグ戦成績
  • サッカー・日本代表国際Aマッチ通算出場試合数10傑
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