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【平成の真実(11)】平成10年8月20日「横浜-PL学園 延長十七回の死闘」

【平成の真実(11)】

平成10年8月20日「横浜-PL学園 延長十七回の死闘」

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平成の真実
1点を追う延長十一回二死二塁で、大西の適時打で同点のホームを踏んだ二走・平石(右)。松坂(左)は悔しそうな表情をみせた

1点を追う延長十一回二死二塁で、大西の適時打で同点のホームを踏んだ二走・平石(右)。松坂(左)は悔しそうな表情をみせた【拡大】

 高校野球の球史に刻まれた死闘-。平成10(1998)年8月20日、夏の甲子園準々決勝で、横浜が延長十七回の末に、9-7でPL学園を下した。これまで多くの報道では“平成の怪物”松坂大輔投手(38)=中日=を擁する横浜側から語られてきたが、今回は当時、PL学園の主将だった楽天・平石洋介監督(38)が、20年の時を超えてサイン解読の真相や松坂攻略の糸口について明らかにした。(取材構成・広岡浩二)

 伝説に残る一戦を終えて、PL学園の主将が世間から注目を集めた。横浜の捕手・小山の動きから球種を見破り、味方打者に伝達-。大会後に放送されたドキュメンタリー番組で背番号13の三塁ベースコーチ、平石による相手のサイン解読が取り上げられた。

 「僕の本意ではなく、事実と違うことを伝えられました。間違えて伝えられた話なんです。あの大歓声の中で、僕が大声を出したって聞こえる訳がない」

 確かに平石はコーチスボックスから「行け」「狙え」「絞れ」と叫んだ。同校には「行け」は外角、「狙え」は内角、「絞れ」が変化球、という取り決めが以前からあった。サインを決して盗んだわけではない。これまで、球種まで見破っていたかのように報じられていたが、真相は違った。

 平成10年のセンバツ準決勝、PL学園は2-3で松坂の前に屈した。投球以外にも牽制(けんせい)、クイック、守備など卓越した技術を思い知らされた。どうすれば、切り崩せるか。平石は考えた末に捕手の撹乱(かくらん)を思いついた。

 「松坂は、ちょっとやそっとじゃ動じない。でも、捕手がバタバタしたら投手に悪影響を及ぼす。だから、小山が構えた瞬間に、味方打者ではなく、捕手に向かって大声を出していたんです」

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  • 七回に1点を勝ち越したPL学園。横浜の捕手・小山(左)は肩を落とした
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