2018.7.13 05:03

横浜商・樺田がノーヒッター!28年ぶり夏の聖地へ「自分が復活させたい」/南神奈川

横浜商・樺田がノーヒッター!28年ぶり夏の聖地へ「自分が復活させたい」/南神奈川

樺田は気迫のこもった表情で力投。古豪復活を印象付けた(撮影・山田俊介)

樺田は気迫のこもった表情で力投。古豪復活を印象付けた(撮影・山田俊介)【拡大】

 第100回全国高校野球選手権大会地方大会(12日、小田原ほか)第100回全国高校野球選手権大会への出場を懸けた地方大会は、秋田、山形などが開幕して35大会で試合が行われた。南神奈川大会1回戦では、横浜商・樺田魁投手(3年)が7回参考ながらノーヒットノーランを達成。10-0の七回コールドで吉田島を下した。北埼玉大会2回戦では、夏の全国連覇を狙う花咲徳栄が桶川西を10-1の七回コールドで圧倒。昨夏からの4番でエースナンバー「1」を付ける野村佑希投手(3年)が2安打し、健在ぶりをアピールした。

 夏の甲子園-。第9回大会に神奈川県内の学校では初出場し、Y校の名で親しまれる横浜商が28年ぶりの甲子園へ好発進。エース樺田が、7回参考ながらノーヒットノーランを達成した。

 「気がついたら七回でした。夏のベンチ入りは3度目なので落ち着いてマウンドに行けました」

 大記録達成にもあっけらかんとしていた。

 最速145キロの右腕は「ストレートで押せていたので」と攻めの投球を披露。六回二死から四球でこの日初めての走者を出したことに「無駄な四球でした」と反省。それでも、7回を投げ、打者23人で12奪三振と吉田島打線を沈黙させた。

 中学時代は軟式野球部に所属、当時から最速は「140キロぐらい」。神奈川県内外の10数校からの誘いがあったが「自分の力でY校を甲子園に…。自分が復活させたい」との思いで横浜商に進学した。

 1年の夏からベンチ入りを果たすも、上半身に頼るフォームの欠点を常に指摘されていた。この冬場は柔軟性を意識してストレッチに重点をおいた。その結果、5月ごろから上半身と下半身が連動し始め「コントロールが良くなって、スピンの効いたボールが行くようになりました。(次戦も)完投したいです」と胸を張る。

 夏は1986、87年に2年連続で聖地の土を踏んだ古豪も90年を最後に出場がない。Y校最後の夏を選手として経験し、この春、監督に就任した小嶋一紀監督の提案で当時の色に戻ったユニホーム。オールドファンにはおなじみのブルーのユニホームとともに、Y校が主役の座に戻ってくる。 (山下幸志朗)

樺田 魁(かばた・かい)

 2000(平成12)年8月24日生まれ、17歳。神奈川県茅ケ崎市出身。茅ケ崎市立松浪小4年時に美住スポーツ少年団で野球を始める。松浪中では軟式野球部に所属し、2年の春から投手に。高校では1年の夏からベンチ入りを果たし、昨年夏は背番号15で1回戦と4回戦に登板。最速145キロ。1メートル80、80キロ。右投げ右打ち。

横浜商(よこはましょう)

 1882(明治15)年横浜商法学校として創立。88年には横浜商業学校と改称。1948(昭和23)年に横浜市立横浜商業高等学校に改称。商業科、国際学科、スポーツマネジメント科を持つ市立共学校。野球部は118人。甲子園には春9度、夏7度出場。83年には春夏準優勝。主な卒業生は山口鉄也(巨人)、三浦将明(元中日)ら。所在地は神奈川県横浜市南区南太田2の30の1。長田正剛校長。

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  • コールド発進したY校ナインは、校歌を歌い終えると笑顔で応援席へ、あいさつに向かった
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