2018.5.26 13:00

【球界ここだけの話(1282)】72歳で亡くなったオリックス・村山常務 12年の岡田監督時代に起こった衝撃の出来事に対応

【球界ここだけの話(1282)】

72歳で亡くなったオリックス・村山常務 12年の岡田監督時代に起こった衝撃の出来事に対応

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サンスポ記者の球界ここだけの話
村山良雄さん

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 オリックス野球クラブの村山良雄常務取締役連盟担当が24日の午前4時45分、間質性肺炎のため、兵庫・西宮市内の病院で死去した。72歳だった。

 村山氏は1989年にオリックス野球クラブ株式会社に入社し、総務部長兼広報部長などを経て、2001年から常務取締役。09年10月から球団本部長、13年11月から連盟担当を務めていた。

 筆者が村山氏と接する機会が多かったのは、球団本部長を務めていた12年。当時、オリックスは岡田彰布監督が指揮を執り、戦っていた。ただ、同年はシーズン終盤にチームの最下位が確定しており、岡田監督の去就が注目されていた。そして、9月25日。衝撃の出来事が起きた。

 前日24日に千葉でのロッテ戦を終え、チームは本拠地・京セラドームに移動。岡田監督もソフトバンクとのナイターゲームに備え、球場入りした後だった。球団は「岡田監督、高代ヘッドコーチの休養」を発表した。その数十分後、岡田監督はドームの地下駐車場にポロシャツ姿で現れ、驚いた様子で「(球場に)来てからよ、全然知らんかったからな。普通にゲームやる気で来とったからな。だからこんな格好。ネクタイしてくればよかった」と苦笑いした。

 そのとき、球団側で岡田監督らに説明したのが、村山氏だった。フロントのトップは、批判を一身に浴びてでも、決断を下さなければいけないときもある。非情な通告ではあったが、村山氏も心を鬼にして、岡田監督に球団としての意思を伝えていた。

 その後、次期監督候補について取材攻勢にあっていた村山氏。重責のある立場ゆえの心労もあっただろうが、球場などで会えば、「おお~」と手を挙げ、気軽にあいさつしてくれた。きっと、これからもチームのことを気にかけ、天から見守っているに違いない。合掌-。(西垣戸理大)

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